血みどろの闘いの相手が支援学校の校長になっているとは 京都府立特別支援学校長会は虚偽 - 過去の輝きが放つ 現在と未来
FC2ブログ

記事一覧

血みどろの闘いの相手が支援学校の校長になっているとは 京都府立特別支援学校長会は虚偽

19-6-22 はな
                                                            ※ 時系列に考えるため引用に西暦を加えています。


京都府立特別支援学校長会が高く評価する
 八幡支援学校校長は血を流して闘った相手


  京都府立特別支援学校長会2018(平成30)年2月「最後の晩餐ー公教育への道」の文は、極めて怪しげな文であるとしか考えられない、と書いた。


 このことで京都の方から驚くようなことが知らされた。


 俄に信じがたく京都府立特別支援学校長会はこれほど虚偽に満ちたことを書くとは思えなかった。


 京都府立特別支援学校長会2018(平成30)年2月「最後の晩餐ー公教育への道」の文では、八幡支援学校と宇治支援学校を評価する。

 特に後者の宇治支援学校を全面的に理由もなく褒めちぎっているが。


桃山養護学校の文化と影響は最小限に抑えた
とするが桃山養護学校の中心の教師が校長に
 崩れている京都府立特別支援学校長会の主張


 八幡支援学校について次のように書いている。


八幡支援学校にとって幸いだったのは、母胎となる「桃山養護学校」が閉校となることであった。基準も、モデルも、ないのである。 I期校「桃山養護学校」の文化と影響は最小限に抑えることができた。

と。


 この城陽養護学校の開校は、京都府の盲・襲-養護学校の歴史における大きなターニングポイントであった。中丹養護学校、南山城養護学校と比較してその時間差は5年である。 府政転換から10年後である。 城陽養護学校には使命と理念があった。


 ところが、この八幡支援学校を準備し、南八幡高校が統合されるまで支援学校の校長だったのは、もともと桃山養護学校の教師であり、 I期校桃山養護学校の文化と影響を受けた中心人物だったのである。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント