反対意見で泣き喚ぶ教職員はぺスト菌感染者たち 京都府立特別支援学校長会 - 過去の輝きが放つ 現在と未来
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反対意見で泣き喚ぶ教職員はぺスト菌感染者たち 京都府立特別支援学校長会

18-12-6雨のは2
京都府立特別支援学校長会発行「最後の晩餐ー公教育への道」


人としても教師としても
校長としても京都府立特別支援学校長会としても
書いていいとはされない


 一時期、全国の学校で日の丸・君が代問題が「君が代」 の問題が大きな問題になったことは、よく知られている。


 そのことについて、京都府立特別支援学校長会発行「最後の晩餐ー公教育への道」は非常に多くのページを割いて書いているが、思い先行の文と京都府教育委員会や府立学校の状況が解らないだけに、京都府立特別支援学校長会発行「最後の晩餐ー公教育への道」の文は、「難解」か「自己帰結」のように思われてならない。


 ただ、どんなに感情が高ぶっていても、人としても教師としても、校長としても京都府立特別支援学校長会としても以下のようなことを書いていいのだろうかと思う。


  京都府立特別支援学校長

    深刻だった「君が代」の問題


 京都府立特別支援学校長会「最後の晩餐ー公教育への道」は以下のようなことが書かれている。

「君が代」の問題は更に深刻であった。 最終形が児童生徒、 教職員、 保護者等による斉唱である。特に障害のある子どもたちに指導なしに「君が代」を斉唱させることはできない。指導に当たるのは、教職員である。養護学校において、これは不可能と思える事態であった。I期校においては、反対意見を述べる教職員が職員会議で泣き喚き、指導なんかできませんと決意表明する始末である。


 連日連夜の校長交渉が行われた。分会とではなく、教職員たちとである。ここで、その交渉をリードしていたのが、校長ではなく、分会長や役員たちであった。調整と落としどころ、条件提示などの下交渉が教頭を含めて煮詰められた。校長に求められた能力は、分会役員たちと話ができる交渉力、 自分の経歴を示し、組合に理解ある校長であることを伝え、彼らとの取引と貸し借り、情報を交渉材料に使う手練れのしたたかさ、である。近代の経営者、学校の最高責任者のとるべき姿ではない。
 こうしたことは、国旗・国歌の卒業式等における取扱を巡つてだけおこなわれる特別な交渉ではなかったところに、すべての盲・聾・養護学校の学校経営・改革の困難と事態の深刻さがあった。校長としても、何を経営の基本としているのかではなく、どうやってこのぺスト菌感染者たちから身を守るかという防衛本能を身につけることが重要な時代であった。                                  

 

 校長としてぺスト菌感染者たちから
   身を守るかという防衛本能を身にっける


  「君が代」の問題には、さまざまな意見が出ただろう。


 だが、反対意見を述べる教職員が職員会議で泣き喚きした教職員などを、ぺスト菌感染者たちとして、それから身を守る防衛本能を身につけのが校長重要とするのは理解しかねる。


 たとえ教職員に対して京都府立特別支援学校長会が感情的になっていたとしても、教職員を人類の歴史を通じて最も致死率の高かった伝染病のペスト菌感染者として、その死からあたかも身を守る校長の役割を強調するのは、教職員の基本的人権を否定していることになるだろう。


 あえて言うならぺスト菌感染者たちから身を守る、のは防衛本能を身につけることでは防げないことは自明のことであろう。


 そのことを考えると、校長たちはぺスト菌感染者たちから身を守るとして、自分たちだけ感染しないようにする自己保身を考えていると言われても致し方ないだろう。
 


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